yomogi__com’s diary

思った事をつらつらと。インスタグラムもやってるので良かったら見て下さい。こちら→@yomym

夢日記 2 考察

今日見た夢について調べてみた

 

しかしながらあまり親と喧嘩する夢を見た人はいないらしく手応えを感じていない

 

それを踏まえた上でこの話を書くとしよう

 

インターネット上では

母親と喧嘩する夢は

自立や自立心を表しているそう

 

自立したいけれどなかなかできない心の葛藤

精神的に自立したい気持ち

誰かに依存しないで生きていきたいという独立心

守ってくれる存在から自立したいという反発心など

 

がこの夢を引き起こす原因と記されている

 

しかしながら僕は自立をしたいと思ったことは一度もない

既に親元から離れて5年が経っている

もう自立したと思っている

 

そんな僕が何故こんな夢を見たのだろう

 

多分それは

愛情不足なのだろう

 

親からの愛情

他人からの愛情

 

僕は人と深く関わるのが苦手でこれまでの人生、上辺上で生きてきた

親ともそうだ、言いたい事を言わず構われたい感情は押し殺し、そのかわり間接的に構われるよう、怒られるよう、これまで生きてきた

 

それがこんな風に

夢となって出てきたのではないだろうか

 

多分ぼくは寂しい人間なのだ

夢日記 パート2

 

親と喧嘩してる夢

父親が怒鳴りつける、それに対しあっけらかんとした僕の態度、それに対しまた父は僕を怒鳴りつける

 母親

ヒステリックな母親は金切り声をあげて僕を罵る、僕はそれに対し毅然とした態度で口答えをする

一悶着あった後、母親は何かあったら熊本に帰ってきなさいという、僕はそれに対し嫌だ、ここには良い思い出が無いからと告げる

ちょっと僕を小馬鹿にする、僕が寝ようとするとそっと布団をかけてくれた、その後僕は父親と母親とのやり取りを思い出し、泣いてしまう

これはあの親から生まれた子供である弟が僕を優しく扱ってくれたからだ。というと事も踏まえて泣いてしまったと思う

末っ子

一緒にゲームしよっかと言いサッカーゲームを2人で行う、思い出す弟の姿は小学生、あの時から僕の末っ子像は可愛くて小さく一緒に遊ぼ遊ぼって甘えてくる天使のような末っ子だ 

 

この夢を見た後僕はこの夢を思い出し現実世界で泣いてしまう、とても悲しかった

そしてこの文書をまとめていたらとても気持ち悪く吐き気がした

丸と線、立体であり平面である

どうもこんばんはヨモギです

 

今日は概念について考えていたのでその考えを書こうと思う

 

概念とは歴史や蓄積した経験、出来上がった思想、そういったもので構築されていると僕は考えている

 

Wikipediaを参照すると

概念(がいねん)は、命題の要素となる項(Terminus)が表すものであり、言い換えれば、それが言語で表現された場合に名辞(Terminus)となるものが概念である。

事象に対して、抽象化・ 普遍化してとらえた、思考の基礎となる基本的な形態として、脳の機能によってとらえたもの。

哲学では仏: notion、独: Begriffというが、日常的に仏: concept、独: Konzeptという。日本語訳は西周によって造られた。

 

と記されている

僕の考えとほぼほぼ一緒だと言えよう

少し安心した

 

今僕は電子タバコglowを吸っている

glowは最初の一口目、ハムを焦がした様な香りがする

この成分が何かはわからないが、もしこれを何も知らずに作ろうとすればハムを混入するかもしれない

 

しかし、これが葉っぱで出来ており

その葉っぱを蒸して吸っている事象を知っているため、その様な行動はとらないだろう

 

つまりは自分の知り得る生産背景や

出来上がった経験則や過去の事象に基づいてこの考えに至っている

 

この事は大変合理的であり、生産性のある物事の捉え方が出来ていると言えよう

 

しかしながら

これは大変悲しい事であり、非創造的であるともいえる

 

子供の頃は何も知らず、概念に縛られること無く物事を考えることが出来ていた

大半の人はこれについては共感できるのではないだろうか

 

自分の経験則や

社会的思想、つまりは概念を踏まえずに

チャレンジする事は大切なことだ  

 

子供の頃の様に

想像力を膨らませ

ものつくりをしたいと思う

 

ちょっと横になりたい、今日はこの辺で

 

 

またこれは編集し直す予定だ

未完成ながら読んでくれた人

ありがとうございます

甘栗と針鼠

https://youtu.be/J3lCCKXe998

clammbonの「LUSH LIFE」のPVを見て

彼女を思い出した

 

なんでだろ

と思い自分を考察してみる

 

PVに出てくる女の子はスカートやワンピース姿

僕の中でワンピースやスカート姿といえば

彼女だからだろうか

 

PVは終始明るい音楽と共に女の子がスキップしている

 

彼女がスキップしてる所は見た事無いのだが、彼女はスキップが似合う女性だ

 

これ以上考えても特に何も出て来そうに無いので今日は手短に終えようと思う

 

彼女は

儚さを持ち合わせたつつも

からしてみれば底なしに明るく、強く

ルンルンした音楽にスキップの似合う女性なのだ

 

彼女が

スキップした姿を見る機会があれば

見てみたいものである

 

尚、全く考察になっていない

というメッセージは受け付けていない

会社の下に三年

どうもこんばんは、ヨモギです

 

今日は現職の先輩とお話しをする機会があり、それが印象的だったので少しお話ししたいと思います

 

まず現職の先輩は元々アパレルデザイナーとして前職に勤めており、現在販売職として仕事をされています

 

今日先輩と話した事をお題にするならば

「会社の下に三年」という事です

これは僕が勝手にもじって作った言葉であります

 

「石の上にも三年」

この言葉は新卒で入社をした人によく使われる言葉ですね

言葉の意味通り、確かにその様に耐え忍ぶ必要性がある事もわかります

 

しかし今回話しをした内容はそれとは真逆の内容でした

 

その内容をざっくり話すと

会社に所属しているという事は自身の3分の1以上の時間を会社に捧げており、それは洗脳とも言えるくらい自身への大きな影響となるという事

つまりは自身に合わない会社に所属すればする程、心は荒み、ともすれば自分の考えやアイデンティティが崩壊してしまう

その事を理解した上で無駄に3年という目標を

掲げ所属する意味があるのだろうか?

そんな内容でした

 

かく言う僕はそんな流れから外れるべく

新卒で入社した会社を半年程度で退職しました

 

この理由は今回話した内容とほぼ全てと言っていいほど同じで、所属すればするほど時間の無駄だと考えたからです  

社会人は「石の上にも三年」というよりも、会社という大きな存在や柵から自身が押しつぶされない様に耐える事が多い為、「会社の下に三年」という事が適切だと思います

 

また、辞めるにあたり会社の雰囲気にも僕はクエスチョンマークを浮かべていました

それは「悪口や愚痴が幅凍っていたこと」

 

他人の揚げ足を取り

何かあれば他人のせいにし

自分や会社を正当化しようとする

 

その態度に疑問を感じていました

 

それに対し、悩みを持っていた同じ世代の先輩、少し年下の友達、同期

分かっていても辞めれないものなのです、会社は

 

僕は嫌な事は嫌だと

態度で示してしまう人間なので辞めてしまいましたが、僕はあんな会社に人生の一部を捧げるほどお人好しじゃない  

 

そんなもんでいいと思うんです会社って、退職って

 

あっさり辞めてしまいましたが

現に僕は今楽しく仕事を行えています

 

嫌な事は嫌、声を発し行動する事は大切だと先輩と話をして改めて感じました

 

尊敬できる人や尊敬出来る考えに基づいて自分を形成していきたい

 

そんな風に思った一日でした

将棋

どうも、こんばんはヨモギです

 

今日は2個もブログを書いている

今は考える事が楽しく、アウトプットしたいと思っているからだ

 

今回のお題は将棋

 

僕は先日、彼女に将棋というものを教えた

厳密に言うと将棋のルールや指し方を教えた訳ではない

 

彼女が彼女自身で将棋のルールを覚えたのであって、僕は教えていない

 

彼女が将棋を覚えた経緯を話すと

 

2人で本の話をしており僕がチェス好きと言う事を知った彼女が小川洋子さんの「猫を抱いて像を泳ぐ」と言う本を教えてくれた

 

この本はからくり人形を操りチェスを指すリトル・アリョーヒンという主人公の物語だ

まぁ簡単に言うとチェスが出てくる

 

その話の流れから将棋も好きだという話をし、彼女自身興味があったのか無かったのか定かではないがスマホのアプリを通してルールを覚えてくれた

 

そして僕の家で2人で将棋を指した

 

中学、高校の頃僕は将棋やチェスにはまっており、友達と毎日のように指していた

しかしながら大学に入ると、将棋やチェスを指す友達がいなかった為、将棋やチェスを指す事はめっきり無くなってしまった

 

その反動もあってか

彼女と指す将棋はとても楽しいもので有意義な時間を過ごす事が出来た

 

この楽しい時間を続けれる事が出来たらと

思ったが、彼女は将棋を指す事に体力を使うらしくあまり続けられそうではない

 

僕はもっと多くの時間彼女と将棋を指し合いたいのだが、それを強要する事や示唆する事は間違っていると考えている

 

僕は仕事で上司に好きじゃない事(サービス残業)を強要された事がある

その上司は仕事がとても好きなタイプの人で、楽しい事を僕にも教えようという感じで強要された

 

これは自分の快楽追求型というか

人の気持ちを組んだ行動とは考えられない

 

こうすればこの人の為になる

こうすればこの人はもっと楽しくなる

こうすれば‥こうすれば‥

 

そんな事は幻だ

提案するのは良いがレスポンスまで自分の思い通りにするなど以ての外である

 

ここではきっぱりと言うが、僕はそんな人間になりたくはないしはっきり言って嫌いだ

 

この事は彼女に対する僕に対しても言える部分があり、僕の好きな事が彼女の好きな事では無いので、彼女がそれを好きになったら沢山2人で将棋を指すなりなんなりすれば良いと思う

 

だから僕は一歩引いたところで

彼女と接していきたいと思っているし

そうありたいと自分自身に対して望んでいる

 

このスタンスが正解か不正解かどうかはわからないが僕らには合っていると思う

 

人それぞれ距離感というものがあるので

それを見誤らないように丁寧に彼女以外の人にも接していきたい

 

僕が他人に求めているものは他人からしたら違うし

他人が僕に求めているものもまた僕からしたら違うのだ

 

instgram→yomym

でやっております

そちらも宜しければ見てみてください

 

では、また